コラム
2023年08月21日

糖尿病による歯周病治療の影響について

栃木県宇都宮市兵庫塚町の歯医者 やまのうち歯科医院の山之内です。

糖尿病の高血糖状態は細胞や組織に様々な影響を及ぼします。

けがや傷が治るのが遅くなったり外科治療後の感染リスクが高い糖尿病を有している患者さんへの歯周外科治療の影響については不明な点が多いあります。
近年では、歯周組織再生療法の材料や薬剤や術式などが進歩して、全身状態や全身疾患など問題を抱えている歯周炎に罹患している患者さんに対する再生療法について、多くの基礎研究が行われてきています。
ここでは糖尿病を罹患している歯周炎患者さんと歯周組織再生について、実験モデルや成長因子を使用した基礎研究について書いていきたいと思います。

日本での糖尿病患者数は、生活習慣及び社会環境の変化に伴い近年急速に増加し、成人の方約5人に1人が糖尿病もしくは、耐糖能異常を有する状態であるとされています。
糖尿病で最も怖い点は、重篤化すると神経障害、腎症、網膜症などの細血管障害と呼ばれる合併症を引き起こします。
神経障害とは、高血糖値の状態が続くと、体にしびれや痛みを感じたり、逆に体の感覚がなくなるなどの全身障害をおこすことです。
腎症とは、腎臓の機能が低下することを腎機能低下、腎症などと呼びます。
特に糖尿病が原因で腎臓の機能が低下した場合を、糖尿病腎症といわれて、 糖尿病腎症の発症早期は無症状であることが多いですが、腎機能が低下すると、前述したからだの調節機能が弱まることでさまざまな症状・合併症がおこります。
網膜症とは、糖尿病が原因で血糖コントロールが悪い状態が続き、細い血管が特に悪くなって問題が起こるといわれていますが、糖尿病で血糖コントロールが悪い状態が長引くと、網膜にも例外でなく血管障害が起こります。
これが糖尿病網膜症です。 ひどくなると網膜出血や網膜剥離などが起こって視力が低下したり失明したりすることがあります。
糖尿病の悪化は、QOLに非常に強くかかわり、生命に対しても関与する病気の一つです。
歯周病のリスクファクターに糖尿病があり、また糖尿病罹患している方には歯周病が増悪傾向が高い頻度で認められることから、歯周病は糖尿病の第6の合併症といわれています。
これまで、糖尿病と歯周病の関連性について多くの情報が蓄積されて、闘病病と歯周病は双方向の関係性があると考えられています。
そのため、糖尿病患者さんに対する歯周治療の重要性が増してきて、歯周組織再生治療も含めたより高いエビデンスが求められています。
しかしながら、糖尿病患者さんが歯周組織再生療法に及ぼす影響についての研究は少なく、標準的な治療法は確立していないといわれています。
特に、歯の保存に対するニーズや歯周組織再生療法に対する期待が高まる一方、糖尿病をはじめとする全身疾患に問題を有する歯周炎患者さんに対する歯周治療の明確な指針が必要とされています。
今回は、今まで行われてきた糖尿病と歯周組織再生療法に関する研究と、関連研究について安全で効果的な歯周組織再生療法について書いていきたいと思います。
糖尿病とは、高血糖状態を特徴とする様々な合併症を伴う疾患です。
現在までも、数多くの研究で糖尿病患者さんによる高血糖状態には、歯周組織に悪影響を及ぼすことが言われてきました。
糖尿病と歯周病に対する研究として、米国で行われたピマ・インディアンを対象とした大規模な疫学調査が挙げられます。
ピマ・インディアンは、2型糖尿病の高い発症率で知られており、35歳以上の方に50%程度の糖尿病を罹患しているという報告あるほどです。
さらに、15歳以上のピマ・インディアンを対象とした研究において、健常者と比較しても、糖尿病患者さんでの歯周病罹患率はおよそ3倍ほどに達しており、1000人に対する1年あたりの歯周病の発症率は、健常者と比較しても糖尿病患者さんで2.6倍と非常に高頻度にあるといわれています。
ほかに、歯周病が糖尿病に与える影響の研究として、タイラーらが2型糖尿病のピマ・インディアンを5年間調査したところ、重度歯周病患者さんは不良な血糖コントロールと関連していたと書かれています。

日本における調査研究では、歯周組織が健康な者に比較して、歯周病患者さんは高血糖を含むメタボリックシンドロームをより多く発症すると報告されています。
また、いわもとらは歯周治療によって2型糖尿病患者の血中TNF-α濃度が有意に低下し、HbA1c値も有意に改善すると報告しています。
血中TNF-αは、血液中に存在する生体内の化学物質のことを指します。
TNF-αは、免疫系や炎症反応に関与する重要なサイトカインの一つです。
TNF-αは、免疫細胞によって産生され、炎症や感染に対する免疫応答を調節する役割を果たします。
これは、細胞の成長や分化、アポトーシスの制御などに関与し、炎症を引き起こすことがあります。
血中TNF-αのレベルは、様々な疾患の評価や状態のモニタリングに使用されます。
免疫系や炎症反応に対して出ることがあるといわれているサイトカインです。
さらに、ムネナガらは歯周炎を罹患している2型糖尿病患者さんに対して、非外科的歯周治療および抗菌薬併用の効果を検討し、抗菌薬を併用した歯周治療がHbA1c改善に有用であることを発見し、生体に炎症が波及する糖尿病に対しては、口腔内の歯肉の炎症を低下させる歯周治療が有効であると報告しています。

このように糖尿病と歯周病は病態や治療などにおいて相関性があると考えられます。
これまでも、糖尿病の病態を再現した動物を用いた研究により、多くの有益な知見がもたらされています。
糖尿病モデル動物においては、1960年代から報告されていて、Eliassonはラットに膵島β細胞を特異的に破壊するストレプトゾトシンを投与するモデルを報告しています。
このモデルは、いわゆる1型糖尿病に対してですが、ストレプトゾトシンの投与のみで容易に糖尿病を発症させることができることを発見しました。
また、生後1日あるいは2日のマウスやラットへ投与することにより、インスリン分泌障害を持つ2型糖尿病をおこすことも可能になっています。
比較的安価にできて、糖尿病発症後の代謝状態がヒトと非常に似ているので、糖尿病研究において使用が高い研究といわれています。
1型に比較して2型糖尿病は環境因子や遺伝因子が関与した多因子疾患といわれており、その発症メカニズムは複雑になっています。
糖尿病が歯周組織の治癒に対する影響の研究は、1990年代より行われています。
糖尿病に罹患すると、コラーゲン代謝能が低下し、白血球機能の能力低下、そして微小循環障害によって血行不良などの発症により、創傷治癒の遅延や術後感染のリスクが高くなるため、歯周治療の予後に影響を及ぼすといわれています。
さらに、糖尿病による炎症性サイトカインの発現により、歯周組織の創傷を遅延させることにより、感染を増悪させるといわれています。
2000年代以降には、歯周組織再生療法が広く臨床応用されるにつれて、糖尿病モデル動物を用いた再生療法に関する研究も増えてきました。
現在、糖尿病による創傷治癒の遅延、易感染性への対策手段として、歯周外科手術の侵襲を最小限にすることが考えられています。
近年の報告には、健常者を対象とした改良型低侵襲外科テクニック(M-MIST)とFGF-2による再生療法によって、歯周外科手術後12ヶ月後の臨床的パラメータの改善と手術時間の短縮が期待できることが示唆されました。
Mizutani達は、低侵襲歯周外科手術(MIST、M-MIST)と呼ばれる外科治療とにエムドゲインを応用することにより、2型糖尿病患者でも健常者と同等の歯周組織の再生が期待できることがわかりました。
低侵襲性外科手術の切開線の一部

再生材料や薬剤の効果的な組み合わせ、可能な限りの低侵襲なフラップデザインにより、糖尿病の方の歯周組織の再生療法を成功に導く可能性があるため、その治癒過程の詳細を明らかにする基礎研究も必要と考えられます。
このような治療は、糖尿病などの有病者だけでなく、日本でますます増加が想定されているご高齢の侵襲を限定することを考慮しなければならない患者さんに対しても有用なアプローチとなる可能性があります。
糖尿病と歯周病の関連についての知見が日々積み上げられてきていますが、効果的な歯周治療の提供に関する情報は未だ十分とは言えず、課題は山積みです。糖尿病による高血糖状態により、歯周組織再生に及ぼす影響については、以前よりいわれていますが、そのほとんどが血糖コントロールがされていない状態での検討になります。

そのため、診療では糖尿病患者さんに歯周組織再生療法を実施する際には、血糖コントロールが十分になされていることは必要になります。
したがって、治療薬等で高血糖状態を改善した状態での糖尿病患者さんでの再生療法の知見が必要になります。
今後は、歯周組織再生療法のエビデンスとともに、糖尿病治療薬が歯周組織治癒に及ぼす効果についてのエビデンスを構築していくことが、困難とされている糖尿病患者への歯周組織再生療法の治療戦略の確立につながると考えられます。

糖尿病患者さんでも、コントロールができていれば、再生治療の改善は認められますが、長期予後についてはリスクは高いと考えられます。
そのため、医科歯科連携をとりつつ、家で行うしっかりとしたホームケアと歯科医院で行う定期的なプロフェッショナルケアが重要になると考えています。

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